吉村昭「ポーツマスの旗」の舞台を訪ねて
宮崎県日南市飫肥の小村記念館 |
●落ち着いたまち・飫肥(おび)●
「ポーツマスの旗」は、日露戦争時の講和会議に全権として臨んだ外相・小村寿太郎の記録文学である。作者の吉村昭氏は、小村の故郷の日南市飫肥を訪れ、その印象を「落ち着いた雰囲気の小さな城下町であった」と記している。飫肥は、NHKの連続テレビ小説「わかば」の舞台にもなり、例年の2倍ほどの人が訪れているというが、落ち着いたまちである。
落ち着いた飫肥の町並み
●全権・小村寿太郎●
明治34年、桂内閣で外相に就任した小村は、日露戦争開戦後、戦争終結の機会を得るため、欧米各国と連絡をとりながら、講和の道を模索した。全権として横浜からアメリカ・ポーツマスに向かう際には、横浜市内の道の両側にひしめく群衆は旗を振っていた。しかし、ロシア全権との駆け引きの末に得た講和成立後は、樺太北部と償金の放棄という講和条件に反対して国内で大暴動が起こり、小村は警官らによる厳重な警戒の中を帰国せざるを得なかった。
小村寿太郎の似顔絵(小村記念館)
●国益のために尽くす●
「ポーツマスの旗」には、多くの日本人が条約締結を屈辱と考える中で講和を急がなければいけない日本の状況と、全権として日本の国益のために尽くした外交官・小村の姿が描かれている。
この作品もきっかけとなり、平成5年には市民から
の寄付などにより小村記念館が開館した。それ以来、近隣の小中学生、高校生などがたくさん見学に来ているという。
小村寿太郎が通った藩校振徳堂
●親切、正直、誠実●
小村記念館の水渕昶太郎館長によると、飫肥藩では親切、正直、誠実が尊いとされていた。飫肥のまちを訪れると、そのことはよく分かる。
小村が通った藩校振徳堂の素読の間で、芳名録をめくる。「ここで勉学に励んだ小村寿太郎が想像されます」「すばらしい町だ」「歴史の重みを感じた」などと記されている。
飫肥は歴史を重んじ、人を大切にするまちである。
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