[太平洋新国土軸国づくり偉人伝]

国づくり偉人伝
太平洋新国土軸地域の17府県には、社会の基盤づくりに尽力してきた郷土の偉人が数多くいます。歴史をひもとき、私たちが住む地域をつくり上げてきた人々をご紹介します。

受け継がれる教訓───「稲むらの火」のモデル
 濱 口 梧 陵

成17年1月に神戸で開催された国連防災世界会議で、小泉首相が紹介した「稲むらの火」。
 この話は、現在の和歌山県広川町(廣村)で起こった実話をもとにしたものである。
 主人公のモデルとなった濱口梧陵は、安政元年(1854年)に連続して発生した東海地震・南海地震のとき、異常な海の様子を見て危険を感じ、老人や子どもから村民を高所に避難させたという。しかし、少し落ち着いた海を見て村民が家に戻ったとたん、津波は波よけ垣を乗り越え、川をさかのぼって押し寄せた。廣村は壊滅的な被害を受けてしまう。人々が海に飲み込まれ、大混乱が起こる中、濱口梧陵は自らの田んぼの稲むらに火を放ち、流されたり避難し遅れた村民に目印を送り続けた。
 村の被害は、死者26名。全国の被害が全半壊建物60,000棟、死者3,000人に及んだ中では、梧陵らの働きにより、廣村の被害は少ない方であったと伝えられている。
 この話は、昭和12〜22年にわたって尋常小学校の国語の教科書に掲載され、防災教育の基本として子どもたちに広く伝えられた。また、この話に感動した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が英語で紹介したため、海外でも広く知られるようになったという。

濱口梧陵の銅像 広川町役場前には「稲むらの火広場」があり、濱口梧陵の銅像が警鐘を鳴らし続ける。

口梧陵は、この地域の特産である醤油商家の当主であった。地元では津波の前から功徳家として知られており、私塾「耐久舎」(現在の広川町耐久中学校)を創設し、人材育成にも貢献してきた人物である。中学校の校庭には「稲村の火」の説明板を背後に、濱口梧陵像が建っている。
 津波の後には私財を投げ出し、地域の復興に全力を注いだ。被災した人々の衣食住をはじめ、失業者への対策もすぐさま始められた。100年後にまた津波が襲うかもしれないと、将来の備えとして津波よけの大堤防を築いたのである。高さ5m、幅20m、全長600mの廣村堤防である。着工から3年10ヶ月、工費銀94貫344匁(353.79kg)、のべ人員56,736人を動員しての大事業であった。堤防の海側には風に強い松、陸側にはハゼが植えられている。「小さい頃ようここで遊んだよ。今でもしっかり建っとるし立派なもんや。今の時代でもなかなかできることではないわな」と地元の方。堤防のすぐそばには人家が迫り、堤防のり面はところどころ花で飾られている。少し歩くと、郷土の偉人に感謝を込め、地元の人々が建てた碑にいくつも出会う。150年の時を経ても色あせることがない感謝、そして未来へ伝え続けていくという義務感が町にはあふれている。

広川の港 この海から津波が押し寄せてきた。普段は波安らかな広川の港。
耐久舎 広川町の耐久中学校に残る「耐久舎」
「稲むらの火」をモチーフにしたイラスト 廣村堤防から道1本隔てた防波堤には、「稲むらの火」をモチーフにしたイラストが描かれている。

年の防災意識の高まりとともに、再び見直されてきた濱口梧陵の活躍。地元では彼の功績をたたえる数々の碑とともに、防災の心得を心に刻む活動も続けられている。全国でも例を見ない「津浪祭」である。これは、津波対策に尽力し、安全なまちづくりを進めてきた先人に感謝すると同時に、地域で助け合う精神を確認するために100年以上も続いている行事である。
 また、災害時の逃げ道、逃げる方向を伝え続けているお寺もある。JR湯浅駅から熊野道を進み、少し脇へそれたところにある深専寺である。門前には「大地震津なみ心え之記碑」が建ち、今も安全の道しるべとなっている。安政の大地震の150年前、宝永4年に起きた津波では川筋や浜辺に人々が逃げて、大きな被害となった。しかし、この教訓は安政の地震の時に語り継がれていなかった。これを反省し、後世に伝えていくために建てられたのがこの碑である。碑文の最後には、こう記してある。「井戸水の増減などにかかわらず、今後万一、地震が起これば火の用心をして、その上、津波が押し寄せてくるものと考え、絶対に浜辺や川筋に逃げず、この深専寺の門前を通って東へと向かい、天神山の方へ逃げること」。
 安政の大地震から150年、濱口梧陵が築いた廣村堤防は、何度もの手直しを経て私たちの暮らしを守ってくれている。安全な生活とは、決して当たり前のことではなく、多くの先人たちのおかげだと改めて気づかされる。私たちは将来の人々に何を伝え、何を残すことができるだろうか。考えさせられる地である。

大地震津なみ心え之記碑 深専寺門前に建つ「大地震津なみ心え之記碑」。
碑文を現代語訳した解説 碑文を現代語訳した解説も門前に置かれている。
長さ600m 広村堤防
長さ600mにおよぶ広村堤防は地域の人々の宝。最近では防災特集のテレビ番組が撮影に来ることも増えたという。



前項へ 表紙へ戻る 次項へ