井上靖「しろばんば」の舞台を訪ねて
井上靖生誕百年記念祭ポスター |
伊豆湯ヶ島を愛した井上靖は、今も地元の人から慕われています。しろばんばの舞台を訪ねました。
●「しろばんば」とは●
「しろばんば」は少年時代を伊豆湯ヶ島で過ごした井上靖の自伝的小説です。主人公の洪作少年は、5歳の時から、両親と離れて、おぬい婆さんと土蔵の中で過ごすことになります。
おぬい婆さんに守られながら、洪作は学校の友達や本家である「上の家」の若い叔母、「都会」の沼津や豊橋への旅、都会からの転校生、天城山中で椎茸栽培をしている祖父など多くの人との出会いや出来事を通じて、世の中を知り、成長していきます。
大正4、5年頃の様子を描いた小説ですが、「あぁ、そうだった」という言葉が出てくるほど、かつて自分自身も似たような感情を持ち、同じような行動をしたことがあると感じる小説です。
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洪作がおぬい婆さんと暮らした土蔵は花壇になっている |
●大正時代から時を越えて●
湯ヶ島はなつかしい感じがする所です。洪作がおぬい婆さんと一緒に暮らした土蔵は、老朽化により取り壊され、今は花壇になっています。
ここに立つと、洪作が暮らしていた当時の様子が思い浮かび、自分自身が友達と遊び、少しずつ世の中を知るようになった少年時代と重なります。
井上家旧居跡の向かいには、洪作と最も仲の良かった幸夫の雑貨屋が、その隣には洪作の母の実家である「上の家」が、その向かいには都会から転校してきたあき子が住んでいた御料局がそれぞれ当時とは形を変えて残っています。
また、洪作が叔母のさき子らとよく通った湯道や西平の湯は、今も地元の人が生活のための道や浴場として使っています。しろばんばの舞台は大正時代から時を越えて今に伝えられています。
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なまこ壁の「上の家」 |
●地球上で一番清らかな広場●
洪作が通った湯ヶ島小学校には、井上靖の詩碑があります。「地球上で一番清らかな広場」で始まる詩には、湯ヶ島をふるさととして愛していた井上靖の思いが込められています。
湯ヶ島小学校の先生にお聞きすると、ここでは1年生に入学すると、まずこの詩を覚えるのだそうです。2年生になると感情を込めて読むなど、学年ごとに詩との関わり方は高度になります。
6年生になると一人ひとりが「井上靖新聞」を作り、修学旅行などで自分の作った新聞を3枚ずつ配ります。今年の6年生は修学旅行先の東京お台場で、見知らぬ人にどきどきしながら「これ、もらってください」などと言って配ったそうです。
校舎に飾られた湯ヶ島小学校のスローガンは、「みんなで守ろう伝えよう 地球上で一番清らかな広場」です。目標となる大先輩・井上靖を通じて、子どもたちの郷土愛が育まれていると感じます。
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「地球上で一番清らかな広場」の詩碑(伊豆市立湯ヶ島小学校) |
●井上靖生誕百年記念祭●
2007年は井上靖生誕百年に当たります。地元では実行委員会を組織して、4月から来年1月までの間に、市民劇団「しろばんば」の公演、座談会、作品朗読会、ゆかりの地文学散歩、リレー映画会、井上靖作品読書感想文コンクール、資料展示等を行います。
実行委員会のメンバーは旅館のご主人、元高校長、地元代表など多士済々で、中には昭和37年に「しろばんば」が映画化された時にエキストラで参加した人も入っています。実行委員会の調整役として参加している伊豆市生涯学習課の鈴木二三哉さんは言います。「地域のみんなが一つにまとまることができるのが、井上靖先生なのです」。
記念祭に先立ちプレイベントとして1月に行われた市民劇団「しろばんば」の公演には、500人ほどが押し寄せ、立ち見が出たそうです。土産店でわさびを売っているおばちゃんによると、「そうずらぁ〜」などと伊豆弁丸出しの演技に会場は大いに盛り上がり、楽しかったそうです。4月の本公演は観てみたいです。
記念祭のポスターの言葉が印象的です。「お帰りなさい、先生。」湯ヶ島をふるさととして愛していた井上靖は、今も地元の人から先生、先生と慕われています。
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